[ ブランディングデザイン ]
会社名を変える理由や効果と事例紹介
企業にとって「名前」は単なる識別語ではなく、ブランドや理念を象徴する重要な要素です。しかし、時にはその会社名を変更する決断を迫られることがあります。事業が進化し、市場や顧客のニーズが変化する中で、既存の名前が企業の実態と合わなくなることがあるのです。また、業績が振るわなかった過去のイメージを払拭するためにも、会社名の変更は有効な手段となります。さらに、グローバル市場への進出や新たな顧客層へのアプローチを考えた際、国際的に理解されやすく、覚えやすい名前に変更することが成功へのカギになることもあります。本記事では、株式会社チビコでブランディングディレクターをしている筆者が、会社名を変える理由やその効果、変更に伴う注意点について深掘りし、成功例を挙げながら具体的な展開事例について詳しく解説します。
■ 会社名を変える3つの理由
1. 事業の変革に伴う必要性
事業の内容が大きく変化した際、既存の会社名がその実態を反映しない場合があります。例えば、単一の製品やサービスを提供していた企業が、複数の分野に拡大したり、新たなビジネスモデルを導入した場合、その名前では新しい方向性を伝えることが難しくなります。名前は企業のイメージや価値観を直接的に伝えるものなので、変化したビジョンを反映させるためには名前を刷新することが求められるのです。新しい会社名は、顧客や投資家に対して「私たちは変わった」という強力なメッセージを送る手段にもなります。
2. 過去のイメージからの脱却
企業は時に、過去の失敗やネガティブな出来事から来るイメージを背負うことがあります。例えば、不祥事や業績不振が続いた企業は、その名前に悪い印象が付いてしまうことがあり、顧客や投資家からの信頼が揺らぐこともあります。このような場合、会社名を変更することで過去のイメージを払拭し、新たなスタートを切ることができます。新しい名前は、社内外に「リセット」や「再スタート」の象徴として機能し、企業に対するネガティブな印象を軽減するのです。
3. グローバル展開や市場拡大への対応
国内市場にとどまらず、国際市場に進出を目指す企業にとって、名前のグローバル対応は非常に重要です。多くの場合、現地の文化や言語に不向きな名前は、誤解や誤訳を生むリスクがあります。例えば、特定の言語でネガティブな意味を持つ言葉が名前に含まれている場合、その国では企業の評判に悪影響を及ぼす可能性があります。会社名を変更することで、国際市場でも通用するブランドとしての信頼感を醸成し、顧客からの認知度や理解度を高めることが可能です。
■ 会社名を変える3つの効果
1. ブランド価値の向上
会社名を変えることで、企業は新しいブランド価値を築き上げるチャンスを得ることができます。新しい名前には、企業が目指す未来やビジョンが反映されており、それが顧客や投資家に対して鮮明に伝わることで、ブランド自体の価値を大きく引き上げる効果があります。また、再ブランディングが成功すれば、競合との差別化も図ることができ、より多くの顧客に選ばれる企業へと成長できるでしょう。名前を変えることは、単なるリニューアルではなく、企業にとっての新たな成長戦略の一環となります。
2. 顧客の信頼感の向上
会社名変更が顧客に対して好印象を与える場合、企業への信頼感がさらに強固になることがあります。特に、過去のネガティブな要素を払拭する形で名前を変えると、企業が問題を解決し、より良い未来に向かって進んでいることが明確に伝わります。顧客は企業の姿勢や価値観に共感し、これまで以上に信頼感を寄せるでしょう。また、新しい名前が持つ清潔感や現代性が、企業の先進的なイメージを強調し、ビジネスの成長を促進します。
3. 新規市場参入へのインパクト
会社名を変更することは、新規市場へのインパクトを与える重要な手段となり得ます。特に、業界全体が変革期にある場合、新しい名前がその市場で注目を集めることで、早期に認知を広げるチャンスが生まれます。さらに、名前を変えることで新しい製品やサービスをアピールしやすくなり、今までのブランドの枠を超えた新たな展開が可能になります。新規市場参入時には、名前と共にブランドストーリーを強化することで、顧客に対する訴求力を大幅に向上させることができます。
■ 会社名を変える3つの注意点
1. 既存顧客への影響とリスク
会社名を変更する際に最も重要な要素の一つが、既存顧客への影響です。長年愛されてきた名前を変えることで、既存の顧客が混乱したり、不信感を抱いたりするリスクがあります。特に、ブランド名に強い愛着を持っている顧客層には、変更の理由や企業の今後のビジョンを丁寧に説明することが必要です。うまくコミュニケーションを取ることで、顧客離れを防ぎ、変更によって得られる新たな価値を理解してもらうことができます。
2. コストと労力の負担
会社名を変更することは、一見シンプルな作業のように思われますが、実際には膨大なコストと労力がかかります。看板や名刺、ウェブサイト、製品パッケージ、広告など、全てのブランディング要素を刷新する必要があるため、予算やスケジュールを慎重に計画することが求められます。また、従業員やパートナー企業への告知、法的手続きに関するリソースの確保も忘れてはなりません。これらを怠ると、後々予期しない問題が発生する可能性があります。
3. 法的手続きと商標問題
会社名を変更する際に必ず考慮すべき点が、法的な手続きや商標問題です。新しい名前が他社の商標権を侵害していないか確認しなければなりません。また、国内外で商標を取得する際の費用や時間、手続きも見逃せません。さらに、法律や規制に従って社名を変更する手続きを進める必要があり、場合によっては弁護士の助言が必要になることもあります。これを怠ると、予想外の法的トラブルに発展するリスクがあるため、事前の準備が重要です。
■ 会社名変更件数の推移
図 : 年別社名変更社数の推移(日本取引所グループHPより)
近年、自社の事業ドメインの拡張・変更、グローバル化への対応に向けて、社名を変更する企業が増える傾向にあります(図)。ただし、社名の認知・理解に対する影響は大きく、これまでのブランド資産を有効に活用できず、認知度が下がるケースがあります。
※ JPX日本取引所グループHP商号変更会社一覧より作成
※ 2023年は1月~10月までの社名変更数
■ 会社名変更と認知度の関係
図 : 社名変更は大きく分けて9パターン
社名変更は、企業それぞれの事情や将来に向けた戦略から実施しており、単純な評価は難しいが、ブランドデータを見る限り、社名変更後の認知度の状況は企業によって違いがみられる。まずはパターン別に、認知度の上昇・下落の状況から、社名変更によって認知度向上に成功したかを検証。ブランド戦略サーベイを実施してきた21年間のうち、社名変更が行われた77社について集計をしてみると、全体的には17勝45敗15引き分けでした。認知度向上に成功した勝率は2割強という結果です。
■ 会社名変更の具体的な事例
株式会社TBSホールディングス(旧:東京放送ホールディングス株式会社)
TBSホールディングスは、2020年10月1日に社名を「東京放送ホールディングス株式会社」から「株式会社TBSホールディングス」に変更しました。この社名変更は、グループ全体でのブランド力を強化し、より親しみやすく、わかりやすい名称を目指すために行われました。「TBS」は、長年視聴者に親しまれてきた略称であり、これを前面に押し出すことで、テレビ放送に限らず、コンテンツ制作、メディア事業、デジタル領域など多岐にわたる事業展開を表現しています。これにより、グローバルな競争力を強化し、さらなる成長を目指しています。
[ 会社名を変更したことによる効果 ]
⚫︎グループ全体の認知向上
「TBSホールディングス」という名前にすることで、グループ会社全体の認知を高め、TBSを中心とした総合メディアグループの一体感を強化しました。複数の事業を包括し、幅広いビジネス分野への展開を視覚的にも効果的に伝えることができます。
⚫︎多角化戦略への適応
放送業に限らず、エンターテインメントやコンテンツ制作、デジタル事業など多角化する事業内容に対して柔軟に対応可能な社名となりました。これにより、新規事業や提携を促進し、さらなる成長機会を創出できる強みが生まれました。
⚫︎ブランドの信頼性と影響力強化
TBSの信頼性と影響力があるブランド名を使用し続けることで、既存の信頼を維持しつつ、新しい方向性も打ち出しやすくなりました。社会的信用度が高まることで、今後の新しい市場やステークホルダーに対してもアピールしやすくなっています。
⚫︎グローバル展開への適応力強化
ホールディングス名を用いることで、海外でも親しみやすく、グローバル展開へのステップが踏みやすくなります。国外のパートナーシップや、共同プロジェクトも円滑に行え、国際的な認知度をさらに高めることが可能です。
[ 出典 ] TBS HOLDINGS 公式サイトより
[ 出典 ] PR TIMESサイトより
オムロン株式会社(旧:立石電機株式会社)
オムロン株式会社は、1990年に社名を「立石電機株式会社」から「オムロン株式会社」に変更しました。社名変更の背景には、創業者である立石一真氏の名を冠した「立石電機」が、日本国内におけるブランドとして定着していた一方で、事業が国際的に拡大する中で、よりグローバルな認知を高める必要があったことがあります。新社名「オムロン」は、同社の本社がある京都市の御室(おむろ)に由来し、地域に根ざしながらも、世界市場に対応できる企業イメージを強調しています。この変更により、同社は幅広い事業分野での成長とグローバルな競争力の強化を目指しました。
[ 会社名を変更したことによる効果 ]
⚫︎ブランドの一貫性と認知向上
社名変更により「オムロン」というブランドを強調することで、国内外での一貫したイメージを形成し、認知度を高めることができました。ブランドが明確化され、顧客に信頼感が伝わりやすくなっています。
⚫︎事業多角化に適応した柔軟性
医療、産業オートメーション、社会システムなど幅広い分野での事業を展開する中で、社名に特定の業界イメージが付かないことはメリットとなります。多様な分野での信頼とブランド価値向上につながりました。
⚫︎グローバル戦略の強化
「OMRON」は国際的にも通じやすい名称であり、ブランドの認知拡大に効果的です。これにより、海外市場での展開や現地パートナーとの連携が強化され、より広範囲な事業拡大が見込めるようになりました。
⚫︎企業の未来志向の表現
オムロンという社名により、テクノロジーや革新性を重視する姿勢を表現しやすくなり、未来志向のイメージを強調する効果もあります。
[ 出典 ] オムロン株式会社公式サイトより
[ 出典 ] 日本経済新聞公式サイトより
株式会社ニップン(旧:日本製粉株式会社)
ニップン(旧:日本製粉)は、2021年1月1日に社名を「日本製粉株式会社」から「株式会社ニップン」に変更しました。この変更は、同社が展開する事業の多様化に対応し、より親しみやすいブランド名で企業価値を向上させる狙いがあります。元々「ニップン」は、日本製粉の略称として長年親しまれており、新社名に採用することで、食品事業、健康食品、外食事業など幅広い分野での活動を強調しています。これにより、製粉業の枠を超えた総合食品企業としてのイメージを確立し、グローバルな市場での競争力を強化しています。
[ 会社名を変更したことによる効果 ]
⚫︎ブランドの親しみやすさと認知度の向上
従来「ニップン」という略称で親しまれていたため、正式に社名とすることで一貫したブランドイメージが顧客に伝わり、より広く認知されやすくなりました。
⚫︎多角化した事業への対応
製粉業から食品・健康・外食事業などへの幅広い展開に伴い、「日本製粉株式会社」から業種を限定しない名称に変更することで、事業の多様性を反映しやすくなりました。
⚫︎グローバル展開への適応
「NIPPN」というブランド名は発音しやすく、親しみやすい響きがあり、海外でも認知されやすくなっています。これにより、国際的な市場展開やパートナーシップの拡大に向けた戦略にも寄与しています。
[ 出典 ] 株式会社ニップン公式サイトより
[ 出典 ] 日清製粉グループ公式サイトより
AGC株式会社(旧:旭硝子株式会社)
旭硝子株式会社は、2018年7月1日に社名を「AGC株式会社」に変更しました。社名変更の理由は、主力のガラス事業に加えて、化学品や電子材料、セラミックスなど多様な事業を展開し、グローバルな企業へと成長したことを反映するためです。「AGC」は、旭硝子の英語名(Asahi Glass Company)の略称として、海外でも広く認知されており、これを正式な社名とすることで、ガラスに限らず幅広い分野で活躍する企業イメージを強調しています。この変更により、世界市場でのさらなる競争力強化を目指しています。
[ 会社名を変更したことによる効果 ]
⚫︎グローバル市場での認知度向上
グローバル展開に合わせて「AGC」という簡潔で覚えやすい名前に変更することで、海外でも発音がしやすく、国際的な市場での認知度が向上しました。これにより、パートナーや顧客に対して一貫性のあるブランドイメージが提供されています。
⚫︎多角化した事業への対応
旧社名「旭硝子株式会社」はガラス事業の印象が強かったため、事業を多角化している現在では、幅広い事業領域をカバーするために「AGC」という業種にとらわれない名称がふさわしいものとなりました。これにより、新たな事業分野の開拓に対する柔軟性が増しました。
⚫︎ブランドメッセージの統一
略称であった「AGC」を正式な社名にすることで、社内外でのブランドメッセージを統一しやすくなりました。社員や顧客に対して、企業が目指す方向性やビジョンが一貫して伝わり、ブランド価値の向上にもつながっています。
日本製鉄株式会社(旧:住友金属工業株式会社)
住友金属工業株式会社は、2012年に新日本製鐵株式会社と経営統合し、同年10月1日に「新日鐵住金株式会社」として新たに発足しました。この統合により、両社の技術力と資源を結集し、世界トップクラスの鉄鋼メーカーを目指しました。さらに、2019年4月1日には社名を「日本製鉄株式会社」に変更しました。この変更は、グローバルな市場での認知度を高め、よりシンプルで分かりやすい名前にすることで、世界的な競争力を強化する狙いがあります。これにより、持続可能な成長を目指し、鉄鋼業界での存在感をさらに高めています。
[ 会社名を変更したことによる効果 ]
⚫︎国内外での認知度向上
日本製鉄とすることで、日本を代表する製鉄会社としてのアイデンティティが強調されました。シンプルで伝統ある名前が、国内外の市場や取引先に対し強い印象を与え、グローバルに認知されやすくなりました。
⚫︎企業ブランドの統一化
旧名「住友金属工業株式会社」からの変更で、全国的な製鉄会社の象徴となる名前に統一。これにより、製鉄分野でのブランド力が高まり、企業ビジョンやミッションが関係者に一貫して伝わりやすくなりました。
⚫︎事業の拡大や多角化に対応
社名変更により、製鉄業界でのリーダーとしての地位を明確に示すと同時に、未来志向の取り組みや成長分野への展開も強調されます。この名前は、事業の多角化や進化をサポートする基盤となり、企業としての信頼性と柔軟性を高めています。
[ 出典 ] NIPPON STEEL公式サイトより
[ 出典 ] Digital PR Platform公式サイトより
■ まとめ
会社名変更は、単なるリブランディングではなく、企業の新たな成長戦略の一環として重要な意味を持ちます。事業の進化や市場の変化に対応し、グローバルな認知度やブランド価値を向上させるためには、時には大胆な変更が必要です。しかし、変更に伴うコストやリスクをしっかりと見極め、既存顧客や法的手続きに対して十分な準備を行うことが成功のカギとなります。成功事例を参考にしながら、慎重に進めることで、会社名変更は企業に新たなチャンスと成長をもたらすことでしょう。
株式会社チビコ
今田 佳司 (ブランディング・ディレクター)
ブランド戦略とコミュニケーションデザインを掛け合わせることで、企業や商品などのブランド価値の向上や競争力強化に貢献。数多くのブランディングを手がける。
【 ご質問、お打合せ希望など、お気軽にお問合わせください。】
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