[ ブランディングデザイン ]
ブランドブックの目的や構成と開発ポイント
ブランドブックとは、企業のブランドアイデンティティを体系化したガイドラインであり、組織のビジョンやデザインの統一性を社内外に明確に伝えるためのツールです。その本質的な目的は、ブランドの一貫性を確保し、あらゆるステークホルダーが統一されたメッセージとビジュアル表現を実現できる環境を構築することにあります。具体的な構成要素としては、ロゴ、カラーシステム、タイポグラフィ、トーン・アンド・マナー、ビジュアルスタイルなどのデザイン規定に加え、ミッション、ビジョン、ターゲットオーディエンスの定義まで包括的に網羅されています。本記事では、株式会社チビコでブランディングディレクターをしている筆者が、ブランドブックの戦略的意義、基本構成、効果的な開発手法について詳しく解説します。
■ ブランドブックの5つの目的
1.ブランドの一貫性を保つ
ブランドブックは、ロゴ、カラー、フォント、デザイン要素などのガイドラインを提供し、すべてのコミュニケーションにおいてブランドの一貫性を保つ役割を果たします。ブランドのイメージが統一されていることで、消費者はどの接点においても同じブランドのイメージを受け、信頼感が高まります。また、ブランドに一貫性をもたすことで、強いブランドが確立でき、競争市場における独自のポジショニングを築くことができます。
2.ブランドアイデンティティの明確化
ブランドブックには、企業のビジョン、ミッション、バリューといったブランドのアイデンティティが詳しく記載されます。これにより、ブランドが何を目指し、何が提供できるのか明確に示され、内部の関係者だけでなく、パートナー企業やデザイナーなど外部の協力者にもブランドの意図や背景が理解しやすくなります。ブランドアイデンティティの明確化は、統一したメッセージの発信や消費者に対する強いブランドイメージの形成に役立ちます。
3.ブランド価値の保護
ブランドブックは、ブランドの誤用や不適切な表現からブランド価値を守るための重要なツールです。ロゴの正しい使用法、カラーやフォントの指定などを明確にすることで、ブランドが乱用されたり損なわれたりするリスクが低減されます。こうした基準が設けられることで、ブランド価値が守られ、企業が築いてきたブランドの信頼や評判を長期間維持しやすくなります。
4.社内外の連携強化
ブランドブックは、社員や外部パートナーがブランドについての共通理解を持つためのガイドラインとして機能します。これにより、広告やプロモーションのデザインやメッセージが一貫して発信され、内部のマーケティング部門から外部の広告代理店までが統一したイメージで連携できます。ブランドブックの存在により、社内外でのブランディング活動の統制がとれ、効率的なブランド管理が可能になります。
5. コミュニケーションの強化
ブランドブックは、企業と消費者とのコミュニケーションの方向性を示す指針としても重要です。ブランドのトーンやメッセージの内容が統一されていることで、消費者に適切な印象を伝えやすくなり、ターゲット層に効果的にアプローチできます。統一されたメッセージとビジュアルが一貫していることで、消費者に対してブレないブランドイメージを提供し、長期的なブランドロイヤルティを築く基盤となります。
■ ブランドブックの構成内容
ブランドブックの基本構成における第一の要素は、ミッション、ビジョン、バリューを包含する「ブランドの基本情報」です。これは組織の存在意義と提供価値を明示し、全事業活動の指針として機能します。第二の要素「ブランドアイデンティティ」では、ブランドの本質的特性と独自性を規定し、市場における差別化要因を明確化することで、関係者全体での統一的な認識を確立します。第三の要素「ブランド表現のためのガイドライン」においては、ロゴ、カラーパレット、タイポグラフィ、ビジュアル素材の運用規定が詳細に定められており、これらの厳密な統制により、消費者接点における一貫した体験価値の提供が実現されます。
1.ブランドの基本情報
ブランドブックの冒頭セクションは、組織の根幹を成す基本情報から構成されます。具体的には、ブランドの史的変遷、創業年、企業の成り立ち、ミッション、ビジョン、コアバリューなどの要素が体系的に整理されています。これらの情報は、ブランドの存在意義と将来的な方向性を明確に示し、アイデンティティの基盤を確立する役割を担います。このように体系化された情報基盤は、ブランドの本質を理解するための重要な指標となり、組織内外における一貫したブランド解釈の実現に寄与します。
2.ブランドアイデンティティ
ブランドアイデンティティは、組織の個性と独自性を視覚的に具現化する体系として定義されます。その構成要素には、ロゴ、カラーシステム、タイポグラフィ、デザインスタイル、およびビジュアルアイデンティティ全般が包含されています。これらの要素は、ブランドの知覚的・感覚的特性を規定し、消費者による即時的な識別を促進する機能を有します。戦略的に構築された一貫性のあるブランドアイデンティティは、組織の信頼性と認知度を向上させ、市場における差別的優位性を確立する上で決定的な役割を果たします。
[ 詳細記事 ] CI(コーポレートアイデンティティ)の意味や目的と開発とは
3.ブランド表現のためのガイドライン
ブランド表現のためのガイドラインは、多様なメディアプラットフォームとコミュニケーションチャネルにおけるブランド表現の規範を体系化したものです。広告媒体、デジタルプラットフォーム、ソーシャルメディア、プリントメディアなど、あらゆる顧客接点におけるメッセージとビジュアル要素の統一性を担保するための具体的規定が明文化されています。この体系的なガイドラインの運用により、消費者に対する一貫した体験価値の提供と、メッセージの整合性維持が実現されます。
[ 詳細記事 ] ブランドガイドラインの「作り方」と「成功事例」
4.ブランドのトーン・オブ・ボイス
ブランドトーン・オブ・ボイスは、組織の言語的コミュニケーション特性を規定する指標として機能します。これには、話法、文体、言語表現スタイルが含まれ、カジュアル、フォーマル、ユーモアなど、ブランドの個性を反映した一貫性のある伝達方法が明確化されます。この言語的ガイドラインは、マーケティング活動からカスタマーサポートまで、すべての顧客接点における統一的なブランド体験の実現を保証する重要な要素として位置づけられています。
5.グラフィックスタンダードマニュアル
グラフィックスタンダードマニュアルでは、ブランドのビジュアル表現に関する詳細な規則が定められています。ロゴの使用方法、カラーコード、フォント、マージンやサイズ指定など、ブランドの視覚的な一貫性を保つためのルールが記載されています。これにより、どの媒体であっても、ブランドのビジュアルが適切に使用され、消費者に統一されたブランドイメージを提供します。
■ ブランドブック開発の3つのポイント
1.シンプルな構成や表現にする
自社のブランドや事業内容を複雑な図や表ばかりで説明する、似たようなワードが大量に並ぶもの、カタカナや専門用語ばかりで読み手が考え込んでしまうようなブランドブックも多々あります。もちろん、企業活動は多岐に渡り、多様なステークホルダーがいる中で最大公約数的なまとめ方にならざるを得ず、結果的に複雑かつ難解なブランドブックが出来上がってしまうこともあります。しかし、ブランドブックは制作者の自己満足のために作るものではなく、全社員が深く理解し共感を生み行動につなげるためのものとして作られなければなりません。そして、その先にいる顧客やステークホルダーに自社のブランドのファンになってもらうことが目的なのです。そのためにはシンプルなメッセージで発信し、理解しやすいブランドブックでなければなりません。
2.単なるルールブックにしない
ブランドブックの前書きに「ブランドは顧客やステークホルダーとの約束である」という解説を見ることが多い。しかし、ブランドとは受け手の心の中で生まれるものであり、企業とステークホルダーとのコミュニケーションによって醸成されるものなのです。良好なコミュニケーションを行うためにも企業側、そしてそれを実行する社員がステークホルダーに約束をするという考え方は重要なのです。最も注意しなければならないことは、社員にとって「面倒な規則が増えた」と思わせてしまうことです。ブランドブックを手にした際にいかに「目指すべきブランドになりたい」と思わせることができるかこの差はとても大きいのです。“覚える”ことが目的ではなく “実践する”ことが目的なのです。
3.横文字(カタカナ)だらけにしない
スローガンやビジョンなどの様々なメッセージを発信する時に、英語を始めとする外国語を利用することが多く見られます。もちろん、外資系企業に見られるように社内での公用語が英語である場合、全世界に向けた共通のメッセージである必要があります。しかし、そのような必要がない場合に、カタカナやアルファベットを乱用することは、受け手の理解を大きく妨げることもあります。残念ながら、カッコ良いなどの理由で、安易に外国語のメッセージを使うことも少なくありません。
■ ブランドブックを浸透させるための手法
左図 : だだ配布する 右図 : 内容説明とともに配布する
1.研修やワークショップの実施
ブランドブックを浸透させるために、社員や関係者向けに研修やワークショップを実施することは非常に効果的です。これにより、ブランドの価値やガイドラインを理解する機会を提供し、日常業務への実践を促します。特に、具体的な演習やケーススタディを用いることで、社員がブランドブックの内容を自身の仕事にどう活かせるかを実感しやすくなります。また、疑問点を直接解消できるため、ブランドの指針が一層クリアになり、全員が同じ目標に向かって動きやすくなります。
2.実践事例の共有
ブランドブックを実際に活用した成功事例を社内で共有することは、ブランドガイドラインの意義を体感するための重要な手法です。成功事例を具体的に共有することで、ブランドブックに基づくデザインやメッセージの一貫性が実際にどのような効果をもたらしたかがわかり、社員の理解が深まります。また、同様の課題に直面した他の社員もその例を参考にしやすくなり、ブランドブックの利用頻度が高まります。
3. ブランドブックのデジタル化とアクセス提供
ブランドブックをデジタル化し、社内のイントラやクラウドで常にアクセス可能にすることで、社員が必要なときにすぐに確認できるようになります。デジタル化により、更新や変更がある際も簡単に改訂を共有でき、常に最新のガイドラインに基づいて行動することができます。また、検索機能を使って特定の項目を即座に見つけられるため、ブランドブックの使用が効率化され、社内での一貫性も保たれやすくなります。
4.定期的なフィードバックと更新
ブランドブックの効果を高めるには、社員や関係者からのフィードバックを定期的に収集し、実際の業務で役立つ内容に改善していくことです。現場からの意見やニーズを反映することで、ブランドブックが実用的で現場に即したものとなり、社員の理解や遵守が進みます。また、定期的にガイドラインを見直すことで、ブランドが時代や市場の変化に適応し続けることができ、長期的なブランド価値の維持にも貢献します。
■ ブランドブックの役割の変化
【 理解浸透から社内活動へ 】
ブランドブックの目的と役割は、「理解浸透」から、さらに深い「社内活動への活用」へ進化しています。以前のブランドブックは、主にブランドのアイデンティティやビジュアル要素(ロゴ、カラー、フォントなど)の統一を図り、社内外の関係者にブランドの理解と浸透を促すための資料として用いられてきました。この目的により、消費者とブランドがどの接点でも一貫したイメージを共有できるようになりました。
近年では、ブランドブックが「単なるルールブック」から、企業の文化や日常業務に組み込むための「活動の指針」へと変わりつつあります。ブランドアイデンティティを単に伝えるだけでなく、日々の業務や社内外の行動基準として機能することが求められています。たとえば、ブランド価値に基づく接客の基準、マーケティング部門の戦略方針、さらには社内イベントやCSR活動にまで、ブランドブックが定めるブランドのミッションやビジョンが反映されています。
このような変化により、ブランドブックは社員にとっての「行動の指針」や「価値の共有ツール」として機能し、ブランドの価値が企業文化に根付くことで、社内での行動が一貫性を持つようになりました。
■ まとめ
ブランドブックの重要な役割は、「ブランドブックの内容を、全ての社員が自分の業務に取り込むこと」です。残念なことに、ブランドブックを制作し配布することが目的化してしまっているケースも多く、このような場合は1ヶ月もすればブランドブックは書類の山に埋もれてしまい読み返されることもありません。社員が企業のブランドを正しく認知・理解し、それを行動に反映させるためには、ただ配布するのではなく講習会やワークショップを同時に開催することも必要です。
ブランドブックの役割は、その内容を理解させるところまでです。業務の目的やスタイルが多様である社員の1人1人が、自らの業務にブランドの考え方を反映させるためには、自分で考え、行動し、実感し実践するというプロセスが重要なのです。自社のブランドを知ることは、ブランドを自分の行動や活動に取り込むことなのです。少なくとも、従業員に読まれないブランドブックでは、企業のブランド価値を高めていくことはできません。押し付けるのではなく、共有するという視点を持つことが、成功への1歩なのです。
株式会社チビコ
今田 佳司 (ブランディング・ディレクター)
ブランド戦略とコミュニケーションデザインを掛け合わせることで、企業や商品などのブランド価値の向上や競争力強化に貢献。数多くのブランディングを手がける。
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