[ ブランド戦略 ]
インナーブランディングとは?その目的と進め方と成功事例
インナーブランディングとは、企業内部に向けてブランドの価値や理念を浸透させ、社員がブランドの一貫性を理解し、共有するための取り組みです。外部に向けたブランディング活動と同様に、内部でもブランドをしっかりと理解してもらうことで、全社員がブランドの「顔」としての役割を果たし、顧客に対して一貫したブランド体験を提供できるようになります。インナーブランディングの目的は、社員のブランドへの共感とエンゲージメントを高め、社内のチームワークやモチベーションを向上させることです。これにより、企業全体の生産性が向上し、外部に対しても強いブランドイメージが築かれます。本記事では、株式会社チビコでブランディングディレクターをしている筆者が、インナーブランディングの目的とその効果、そして企業における具体的な実践方法について詳しく解説します。
■ インナーブランディングとは?
ブランディングと言えば、企業や商品・サービスのブランディング、つまり顧客や見込み客に向けて行うアウターブランディングが一般的ですが、近年それに加え企業のブランドを社員に浸透させるインナーブラディングの重要性が高まっています。インナーブランディングとは、企業のビジョンやミッション、目指すべき姿を全社員と共有し浸透させるための啓蒙活動です。その対象は役員から新入社員、派遣社員、アルバイトスタッフを含む社内の人全てに及びます。会社の外に向けてのブランディングは実践できても、社内向けのブランディングがうまくいかない企業や経営者も少なくありません。
インナーブランディングは文字通り社内に向けた施策であるがゆえ、収益に直結する外向けのブランディングと比べて軽視されがちなのですが、近年では特に品質管理問題や従業員の不適切な行動による損害発生を防ぐ効果を期待し取り組む企業が増えています。社内向けにブランディングを確立しても自己満足に終わるのではと誤解されることもありますが、インナーブランディングは社外向けのブランディングとも密接に結びついています。従業員の意識改革は行動への変化となり社外にも伝わり、しいては企業ブランドのイメージ向上、従業員のモチベーションアップ、そして優秀な人材の獲得を含む企業の成長につながります。つまり、事業拡大を目的とした社外向けのブランディングを成功させるためにもインナーブランディングは必要不可欠なのです。
■ インナーブランディングの目的
1. 社員のブランド理解と愛着を深めること
インナーブランディングを通じて、社員がブランドの理念や価値観を理解し、それに対する愛着を深めることができます。自分が働く企業のビジョンを共有することで、社員は自社のブランドを「自分ごと」として捉え、ブランドへの自信と誇りが高まります。社員が会社を「ただの職場」ではなく、「価値ある組織」として認識することが、ブランド価値の社内外での実現に繋がります。
2. 顧客志向の促進をすること
社員がブランドの価値を理解し、ブランドが提供するサービスや製品に共感すると、自然と顧客視点を重視した対応が促されます。ブランドの価値を意識した社員の行動は、顧客満足度の向上に繋がります。社員一人ひとりが顧客の立場で考え、行動することで、企業全体が顧客志向を強化し、信頼と評価が向上する好循環を生み出します。
3. 企業文化の一体化と士気を向上させること
インナーブランディングにより、社員全員がブランド理念や価値観を共有することで、企業の一体感が生まれます。一体感があると、社員の士気も自然と高まり、積極的に業務に取り組む環境が生まれます。結果として、社員が自身の仕事に誇りを持ち、意欲的に取り組むことで、企業の生産性と成長が促進されます。
4. ブランドの一貫性を保つこと
社員全員がブランドのメッセージや価値観を共通して理解することで、企業としての一貫性が維持されます。インナーブランディングにより、顧客対応から商品開発、マーケティングに至るまで、社員一人ひとりがブランドに沿った行動をとることができます。これにより、顧客に一貫したブランド体験を提供し、企業の信頼性が高まります。
5. 社員によるブランド価値の社外発信すること
インナーブランディングが浸透することで、社員が自社ブランドの「ファン」として社外に良いイメージを広げるようになります。自ら進んでブランドの価値を発信する社員が増えることで、企業の評判や認知度が向上し、ブランドイメージがポジティブに強化されます。社員が企業の魅力を広めることで、採用活動にも好影響を与えます。
6. 優秀な人材の確保と定着率を向上させること
インナーブランディングにより、社員が企業に愛着を持ち、働き続けたいと感じる環境が整います。これにより、離職率が低下し、企業のイメージが向上するため、優秀な人材が集まりやすくなります。特にブランドに誇りを持って働く姿勢が外部にも伝わることで、魅力的な企業として認識され、持続的な人材確保が可能となります。
7. ブランドの価値を業務活動で実現すること
インナーブランディングを通じて社員がブランドの理念や価値を理解し、それを日々の業務で実践するようになります。これにより、企業の価値が社外にも自然に伝わり、企業の社会的評価が高まります。社員の行動がブランドの価値を体現することで、企業の競争力が増し、ブランドの信頼感が高まります。
■ インナーブランディングの進め方
1. 社員のモチベーション調査 (アンケートを実施)
定期的なアンケートやモチベーション調査により、社員が会社にどのような期待や満足感、不満を抱いているかを把握することで、インナーブランディングの現状や課題を明確にします。これにより、社員が何を必要としているのかを確認し、今後のブランド施策に反映させることができます。社員の声に基づいた施策は、社内の共感を得やすく、ブランド意識を強化する基盤を作ります。
2. 企業のブランド分析 (企業理念・ビジョンなど)
企業理念やビジョン、ブランド価値を改めて分析することで、ブランドが社員にとって理解しやすいものかどうかを確認します。自社の強みや独自性を明確にすることで、ブランドの方向性がブレないようにし、社員が共感しやすくなります。ブランド分析の結果は、全社で共有し、今後のブランディング施策や意思決定の指針として活用できます。
3. 企業の理念体系を再開発(ブランドプラットフォーム)
企業理念体系やブランドプラットフォームの再開発は、ブランドの核となる価値観を明確にするプロセスです。社員が自社の価値観を理解し、日々の業務で実践できるよう、企業理念をアップデートし、時代に合った表現に再構築します。社員が納得できる体系が整うことで、ブランドに対する理解が深まり、ブランド一貫性が生まれます。
[ 詳細記事 ] ブランドビジョン(企業理念)の開発と展開事例
4. クレド制作 (行動指針をまとめたハンドブック)
クレドは社員が日々の行動指針として従うべき価値観をまとめたものです。ハンドブック形式にすることで、社員がいつでも参照しやすくなり、日常の意思決定や行動の指針として役立ちます。社員の共通認識が高まり、企業としての行動基準が統一され、ブランド一貫性の維持に貢献します。
5. ブランドブック制作 (ブランドを分かり易くまとめた冊子)
ブランドブックは、企業の価値観やビジョン、行動基準などを分かりやすくまとめた冊子です。社員にブランドの全体像を伝え、共通認識を持たせるためのツールとして活用されます。社員が企業ブランドを深く理解することで、業務を通してブランド価値を体現でき、ブランドメッセージの発信力が強まります。
6. ブランドムービー制作 (ブランドを分かり易くまとめた動画)
ブランドムービーは、視覚的なインパクトと感情的な共感を与える効果があり、ブランドの価値観やビジョンを伝えるのに効果的です。特に新入社員や中途採用者に対して、企業のブランドやビジョンを短期間で伝えられるため、社員の一体感を育む手助けとなります。
7. 社内向けサイト制作 (様々な情報を共有するためのサイト)
社内専用サイトを活用して、ブランド関連の情報や社内ニュース、資料、マニュアルなどを一元的に管理・共有します。社員が必要な情報を容易に取得できるようになり、ブランド関連の知識が深まり、ブランド意識が高まるとともに業務の効率化も促進されます。
■ インナーブランディングの成功事例
【 スターバックスのインナーブランディング成功事例 】
スターバックスは広告に費用をかけないことで有名ですが、ブランドイメージが高いコーヒーチェーン店として成功しています。広告費をかけるかわりに、人材育成に費用と時間をかけ、接客の質を高めています。スターバックスは研修制度が充実していますが、自主性を重んじるためにマニュアルを作成しておらず、従業員がそれぞれ「お客様のために満足している接客」を考えることで、満足度の高いサービスを実現しています。その根幹となるのが、「従業員が満足していない会社ではお客様を満足させることはできない」という考えで、スターバックスでは顧客満足度よりも従業員満足度を重視しています。スターバックスの「従業員満足度の先に顧客満足度がある」という考え方は、インナーブランディングのよい例です。スターバックスが広告費をかけずにブランディングに成功しているのは、従業員の行動や対応のひとつひとつがブランディングとなっているからです。お客様に心地よい接客体験をしてもらうことで、また来たいと思えるお店を作り上げています。
[ インナーブランディングの成功ポイント ]
⚫︎「パートナー」という呼称で従業員を尊重
スターバックスでは社員を「従業員」ではなく「パートナー」と呼び、全員が会社の一員としての重要な役割を担っていることを強調。従業員のモチベーションや愛社精神を高める効果を生んでいます。
⚫︎徹底したトレーニングプログラムの実施
コーヒーの知識や接客スキルを磨くための充実したトレーニングを提供し、従業員の成長を支援。プロ意識を高めるとともに、ブランド価値を現場で表現できるようサポートしています。
⚫︎ブランド理念や価値観の徹底共有
スターバックスの企業理念やブランドミッションである「人々の心を豊かで活力あるものにする一杯」をパートナー全員に浸透させ、日常の行動基準に落とし込んでいます。これにより、全員が共通の価値観で接客に取り組む姿勢を促しています。
⚫︎多様性を尊重し、個性を活かす職場環境の提供
パートナーの多様な背景や個性を尊重し、それぞれが自己表現できるような職場づくりを推進。社員の個性を尊重することで、働きやすさと顧客への親しみやすい接客スタイルが形成されています。
⚫︎積極的な社内コミュニケーションの促進
定期的なミーティングやコミュニケーションツールを通じ、パートナー同士や本社との意見交換を促進。現場の声を経営に反映する仕組みを整え、従業員のエンゲージメントを向上させています。
⚫︎働きがいを重視した福利厚生制度
医療保険、学費支援プログラム、柔軟な勤務時間など、パートナーの働きやすさを高める福利厚生を提供。働く環境を整えることで、従業員の企業への信頼や愛社精神を育んでいます。
⚫︎キャリアアップの機会提供
スターバックスは、社内でのキャリア成長を重視し、パートナーがスキルや知識を深めてキャリアアップできるようサポート。自分の成長を通してブランド価値に貢献しているという意識が育まれています。
⚫︎地域コミュニティへの参加・貢献
地域社会への貢献活動を推進し、パートナーが地域イベントやボランティア活動に参加する機会を提供。地域とのつながりを深めることで、ブランドの社会的価値を従業員が自ら感じられる仕組みがあります。
[ 参照元 ] 元スターバックスCEOが語る「顧客満足より従業員満足」より
[ 出典 ] STARBUCKS公式サイトより
【 ディズニーデリゾートのインナーブランディング成功事例 】
ディズニーリゾート(ディズニーランド、ディズニーシー)もインナーブランディングを徹底して行っています。テーマパークとしての質の高さだけでなく、キャストの接客・対応の素晴らしさには感動を覚えます。徹底した接客ルールを設け、「夢の国」というイメージを壊さないようにしています。感動を与えているのはテーマパークそのものではなく、そこで働くキャストのみなさんです。スタッフや従業員ではなく、あえて「キャスト」と呼称しています。実はディズニーリゾートでは、スタッフのことを「キャスト(役者)」、お客様のことを「ゲスト」と呼んでいます。ディズニーリゾートというひとつのステージに参加するお客様は「ゲスト」、ゲストをお出迎えし裏舞台からパークを支えるスタッフは「キャスト」と呼び、「キャスト」は「ゲスト」に夢の国の魔法をかける重要な役を担っています。ディズニーリゾート自体はただのステージで、「キャスト」がいてこそ夢の国になるのです。「夢の国」というイメージをブランドと置き換えるなら、「キャスト」にインナーブランディングをしっかり行うことで、お客様に「また来たい」と思える感動体験の提供を実現しているといえます。
[ 参照元 ] 東京ディズニーリゾート キャスティングセンターより
[ インナーブランディングの成功ポイント ]
⚫︎「キャスト」という呼称で従業員を役割化
従業員を「キャスト」と呼び、来園者は「ゲスト」という設定を徹底することで、パーク全体が一つの舞台であるという演出を強化。キャスト自身が「エンターテイナー」としての意識を持ち、ゲストへの最高の体験提供に努めています。
⚫︎ストーリーテリングを徹底したトレーニング
ディズニーキャラクターやパークの物語を理解し、それを踏まえた対応ができるようトレーニングを実施。どのキャストもパークのストーリーの一部として、ゲストを夢の世界に誘う役割を体現しています。
⚫︎ディズニーの理念「夢と魔法の王国」を共有
ディズニーリゾートの理念である「夢と魔法の王国」の価値観を全キャストに浸透させ、ゲストに対して夢と感動を届けるという使命感を育てています。キャストがこの理念を意識することで、一貫したブランド体験が実現されます。
⚫︎ホスピタリティ精神の強化
常にゲスト第一のホスピタリティ精神を重視し、気づきとサービス精神をキャストに根付かせています。ゲストの小さなニーズにも気づき、積極的に応えることで、訪れるたびに特別な体験を提供しています。
⚫︎厳格な採用と教育制度
キャストとして適した人材を厳選し、厳格な採用と教育を実施。ディズニーのブランド価値に沿った高いサービス意識を持つキャストを育成し、質の高いゲスト対応を実現しています。
⚫︎キャスト専用の福利厚生とキャリア成長支援
従業員向けの特別な福利厚生やキャリア成長の機会が充実しており、長期的なキャリアパスが描ける環境を提供。キャストの満足度が向上し、ブランドに対する愛着が育まれています。
⚫︎チームワークの強化による一体感の創出
キャスト同士が協力してパークを支えるという一体感が醸成されるよう、チームでの活動やイベントが促進されています。キャスト全員がパーク全体の成功に貢献しているという意識を持つようになっています。
[ 出典 ] 東京ディズニーリゾート公式サイトより
■ まとめ
インナーブランディングは、社員がブランドの価値観を深く理解し、企業全体で一貫した行動を促すために重要です。この取り組みによって、社員の愛社精神や顧客志向が高まり、企業全体でのブランド体現が可能になります。具体的には、ブランドビジョンの共有やトレーニング、フィードバック体制を通じて、社員が自社ブランドの「ファン」として積極的にその価値を社外へ発信できるように支援します。これが企業の成長と競争力の向上につながるのです。
株式会社チビコ
今田 佳司 (ブランディング・ディレクター)
ブランド戦略とコミュニケーションデザインを掛け合わせることで、企業や商品などのブランド価値の向上や競争力強化に貢献。数多くのブランディングを手がける。
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