
[ ブランド戦略 ]
イングリーディエント・ブランディングその意味と成功の条件
市場が成熟し、製品の外見や価格だけでは差別化が難しくなった今、注目されているのが「イングリーディエント・ブランディング」というブランド戦略です。これは製品を構成する「素材」や「技術」にブランド力を持たせ、消費者に見えない価値を「見えるブランド」として訴求するブランディング手法。BtoBの構成要素を、BtoC市場でも認知させることで製品全体の信頼性と魅力を高めることができます。本記事では、株式会社チビコでブランディングディレクターをしている筆者が、その定義や背景、メリット、成功事例、導入のポイントまでを詳しく解説します。
■ イングリーディエント・ブランディングとは何か?

【 イングリーディエント・ブランディングの定義 】
イングリーディエント・ブランディングとは、製品に使用されている素材や技術、構成要素(インフラ、部品、原材料など)に対してブランド価値を付加し、最終製品の価値向上や信頼構築を図るブランディング手法です。これは従来の製品単位のブランディングとは異なり、「見えない部分」を戦略的に“見える化”し、消費者に訴求するという点です。代表的な事例にIntelの「Intel Inside」や、高機能素材「GORE-TEX」などがあり、いずれも製品の購入動機に直結する強力なブランドとなっています。
【 イングリーディエント・ブランディングの背景と進化 】
イングリーディエント・ブランディングは1980年代後半から90年代初頭にかけて注目され始めました。Intelの「Intel Inside」キャンペーンはこの手法の象徴的事例として知られており、企業間取引に留まっていた半導体が、最終消費者の購買判断を左右する要素に変化したのです。その後、GORE-TEXやDolby、Bluetoothなど、BtoB商材でありながらBtoC市場で強く認知されるブランドが増加。デジタル化やグローバル展開が進む中で、素材や構成要素の差別化が難しい現代において、再び注目を浴びているのです。
【 イングリーディエント・ブランディングと他のブランディング手法との違い 】
一般的なブランディングは企業や製品のイメージ構築に焦点を当てますが、イングリーディエント・ブランディングは「一部」に特化して価値を高める点が異なります。コーポレートブランディングやプロダクトブランディングでは企業全体や商品シリーズの印象管理が主ですが、イングリーディエントは、複数の企業や製品に“共通して”使用される要素を通じて信頼を構築する手法です。結果として、原材料や構成要素であっても「その素材だから安心」と思わせる力を持つようになります。独自性と再現性を兼ね備えたこの手法は、複数ブランド間の共存と差別化を同時に実現する戦略としても注目されています。
■ イングリーディエント・ブランディングがなぜ注目を浴びているのか?

【 消費者の情報感度と購買意識の変化 】
現代の消費者はインターネットやSNSの影響により、商品情報を自ら深掘りし、購入の背景を重視する傾向が強まっています。単なるブランド名や広告の訴求だけでなく、「何でできているのか」「誰が作っているのか」といった情報に対して敏感です。イングリーディエント・ブランディングは、こうした消費者心理に応える強力なアプローチであり、製品の透明性や信頼性を伝える手段として高く評価されています。
【 差別化が難しい市場での戦略的優位 】
スマートフォンや衣料品、食品など、成熟した市場では製品同士の差別化が難しく、価格競争に陥りがちです。そのような状況で、イングリーディエント・ブランディングは他社製品との差を明確に示す手段となります。たとえば、「GORE-TEX使用」「Dolby対応」などの表示は、消費者に対し即座に製品の高機能性や安心感を伝えることが可能です。単に性能ではなく、信頼できる「証」を与えることが、ブランド選定の重要な基準となります。
【 BtoBからBtoCへ拡がる影響力 】
本来はBtoB市場で認知されていた部品や素材が、BtoC市場でもブランドとして通用するようになったのは、企業間連携とマーケティング手法の進化によるものです。たとえば、IntelはPCメーカーと共同で消費者向けに積極的なプロモーションを展開し、「中身が見える安心感」を提供しました。Bluetoothも同様に、ロゴや対応表記を通じて消費者の信頼を獲得しました。このようにBtoB商材のBtoC転換は、イングリーディエント・ブランディングの本質的な強みです。
▶︎ 関連記事:なぜ、BtoB企業こそ「ブランディング」が必要なのか?
【 サステナビリティや透明性との親和性 】
消費者の環境意識の高まりにより、持続可能性や企業の透明性が求められる時代となりました。TENCEL™やPrimaLoftのように、環境配慮や動物福祉に優れた素材を「ブランド化」することで、消費者の共感と選択を獲得することが可能です。イングリーディエント・ブランディングは、単に素材をPRするのではなく、製品の背景や理念を伝える“ストーリーブランディング”としても機能するため、ESGの観点からも企業価値向上に貢献します。
■ 成功するイングリーディエント・ブランディングの3つの条件

1. 認知度と信頼性のバランス
イングリーディエント・ブランディングにおいて重要なのは、「広く認知されること」と「信頼できる品質の裏付け」が両立していることです。認知度だけが高くても中身が伴っていなければ逆効果になりますし、優れた技術や素材であっても知られていなければ価値として伝わりません。例えばIntelは、品質に対する自信を大量の広告投資によって支え、長年かけてブランドと信頼のバランスを構築しました。単なるロゴ表示ではなく、継続的な信頼構築の仕組みが不可欠です。
2. ブランドとの親和性・共鳴性
イングリーディエントは、どの製品や企業に組み込まれるかによってブランド価値が左右されます。主製品との「親和性」や「価値観の一致」がない場合、素材のブランドは活きません。たとえば、アウトドアブランドがGORE-TEXを採用するのは、「過酷な環境でも信頼できる」という価値観が一致しているからです。採用されるブランド側との共鳴性が高いほど、インパクトも強まり、消費者に自然と「この素材なら間違いない」という認識を植え付けることができます。
3. コミュニケーション戦略の最適化
どれだけ優れた素材や技術であっても、その価値が伝わらなければブランディングは成立しません。イングリーディエント・ブランディングでは、消費者に「その要素があることでどう違うのか」を明確に伝える必要があります。ロゴやタグの活用はもちろん、共同キャンペーンやストーリーテリング、SNS上の情報共有など、多様なタッチポイントでの一貫したメッセージ展開がカギです。可視化と物語性のある発信によって、素材ブランドに人格を持たせることが可能になります。
■ ブランドに与える3つのインパクト

1. ブランド価値の向上
優れたイングリーディエント・ブランディングは、主製品のブランド価値を底上げします。なぜなら、その素材や要素が「信頼の証」として機能するからです。たとえば「このスマートフォンにはQualcommのSnapdragonが使われている」と聞くだけで、性能に対する期待値が上がります。これは素材ブランドが主製品に“品質の担保”を与えていることを意味します。結果として、消費者の満足度や忠誠心も高まり、ブランド全体の価値向上へとつながります。
2. 消費者への説得力と信頼性の強化
製品の選定理由が多様化する中で、「なぜこの製品を選ぶべきか」を語る際に、イングリーディエントは有効な根拠になります。たとえば「GORE-TEXだから雨の日でも安心」「Dolbyだから映画の迫力が違う」といった理由付けができることで、消費者は安心して商品を選ぶことができます。これは主ブランド単体では得られない「外部評価による信頼性」を補完する働きでもあり、競合との差別化にも大きく寄与します。
3. 売上・導入率への貢献
信頼あるイングリーディエントを採用することで、実際の購買行動に大きな影響を与えることができます。多くの消費者が「その素材が入っているから買う」「その技術が使われているなら安心」と考えるようになれば、製品の売上に直結します。さらに、小売や流通現場においても「この製品は○○を使用」といった訴求がしやすくなり、導入率や棚割確保にもつながります。BtoBでもBtoCでも、販促力としての効果は極めて高いのです。
■ イングリーディエント・ブランディングの成功事例

【 Intel Inside(Intel) 】
「Intel Inside」は、BtoB製品である半導体(CPU)を一般消費者にまで浸透させた画期的なブランディング戦略です。PCの性能を左右する「中身」でありながら、外から見えないCPUにブランドを与えることで、消費者が“Intel搭載”という理由だけで製品を選ぶ流れをつくりました。PCメーカーには広告費補助などのインセンティブを提供し、ロゴ掲載を義務化。結果的に業界標準となり、Intelは市場の圧倒的なポジションを確立しました。
[ ブランディングの成功ポイント ]
⚫︎ BtoB製品をBtoC市場でブランド化
⚫︎ 見えない価値に「見える安心」を付加
⚫︎ パートナー企業との強力な連携戦略

【 Bluetooth 】
Bluetoothは無線通信の規格でありながら、そのロゴと名称が世界中で認知される存在になっています。通信機能という抽象的な価値を、「Bluetooth対応」という表現によって消費者にも分かりやすく可視化。多くの製品がBluetooth搭載をアピールすることで、信頼性と利便性を象徴するブランドに育ちました。規格そのものが「品質の印」になるという、イングリーディエント・ブランディングの王道を体現しています。
[ ブランディングの成功ポイント ]
⚫︎ 技術規格を消費者にも伝わる言葉に変換
⚫︎ あらゆる製品カテゴリに波及
⚫︎ ロゴ自体が「安心の証明」に
[ 出典 ] Bluetooth Technologyサイトより

【 Dolby 】
Dolbyは音響と映像の品質保証ブランドとして、映画館や家庭用AV機器に広く展開しています。特に「Dolby Atmos」や「Dolby Vision」は、単なる技術名称にとどまらず、製品のプレミアム感を高める強力なイングリーディエントとして機能。映画館での体験が家庭向け製品へのブランド信頼に転換され、製品パッケージにロゴが付くだけで高品質な印象を消費者に与えます。
[ ブランディングの成功ポイント ]
⚫︎ 映画館→家庭用機器へのブランド拡張
⚫︎ 高品質の象徴としてのロゴ活用
⚫︎ 「体験ベース」でのブランディング

【 GORE-TEX 】
GORE-TEXは、防水性と透湿性を両立した高機能素材として、アウトドアやファッション業界で確固たる地位を築いています。最終製品ではなく「素材」でありながら、GORE-TEXのロゴがあるだけで消費者の信頼を獲得。パタゴニア、ザ・ノース・フェイスなどの著名ブランドとのコラボによって、単なる機能素材を「価値のあるブランド」として確立させた好例です。
[ ブランディングの成功ポイント ]
⚫︎ 機能素材でありながらブランド名で指名買い
⚫︎ アパレルとの共創による市場浸透
⚫︎ タグの存在が品質保証になる

【 TENCEL 】
TENCEL™は、持続可能な木材を原料にした再生繊維で、サステナブル素材として急速に市場に浸透しました。優れた肌触りや吸湿性に加えて、環境配慮という明確なストーリー性がブランドの核となっています。ユニクロやZARAなど大手ファッションブランドが積極的にTENCEL™のタグを製品に付け、消費者にも「環境に配慮した選択肢」として認知されるようになりました。
[ ブランディングの成功ポイント ]
⚫︎ SDGs・エシカル消費トレンドとの親和性
⚫︎ 消費者に「選ばれる理由」を提供
⚫︎ 製品表示により素材のストーリーを共有

【 PrimaLoft 】
PrimaLoftは、米軍のために開発された高性能な人工中綿素材です。軽量かつ高い保温性を持ち、ダウンに代わる素材として注目を集めています。防寒性に加えて、動物性素材を使用しない「アニマルフリー」という価値観が、サステナブル意識の高い消費者に響きます。アウトドアブランドを中心に、多くの製品が「PrimaLoft採用」を明記し、素材ブランドとして強い存在感を示しています。
[ ブランディングの成功ポイント ]
⚫︎ ダウンに代わる高機能素材
⚫︎ アニマルフリー訴求による共感獲得
⚫︎ アウトドアブランドでの使用が信頼形成につながる
■ まとめ
イングリーディエント・ブランディングは、見えない価値を“見えるブランド”へと昇華させる戦略です。成熟市場において差別化が困難になり、かつ消費者が製品の背景や信頼性を重視するようになった今、この手法は企業にとって欠かせないブランディング要素となっています。単なる素材提供ではなく、パートナー企業との共創を通じて、共感されるブランド体験を提供することが成功の鍵です。これからの時代、消費者に選ばれるブランドは「中身にこそ物語がある」ブランドであるべきでしょう。

株式会社チビコ
今田 佳司 (ブランディング・ディレクター)
ブランド戦略とコミュニケーションデザインを掛け合わせることで、企業や商品などのブランド価値の向上や競争力強化に貢献。数多くのブランディングを手がける。

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