
[ ブランド戦略 ]
売れるブランドに共通する“ブランドストーリー”の作り方
なぜこのブランドに惹かれるのか?気づけば、このブランドばかり選んでいる。そうした消費者の心を掴み、長期的なファンを生むブランドには、必ずといっていいほど“ブランドストーリー”があります。それは単なる企業紹介とは違い、ブランドを伝える物語です。本記事では、株式会社チビコでブランディングディレクターをしている筆者が、「売れるブランド」に共通してあるブランドストーリーの特徴や作り方、そして伝え方まで、プロの視点から分かりやすく解説していきます。
■ ブランドストーリーとは何か?

ブランドの価値を伝えるストーリー
優れたブランドストーリーは、製品のスペックや価格に頼りません。それよりも、「なぜこのブランドがその商品やサービスを提供するのか」という理由や背景に焦点を当てています。たとえば、創業者の個人的な体験や社会課題への問題意識など、ブランドが生まれた動機には多くの人が共感できる要素が詰まっています。また、ブランドの理念や信念がストーリーの中に自然と組み込まれていることで、顧客はブランドを信用できるのです。ブランドに一貫した価値観があれば、多少の競争環境の変化でも揺らぐことはありません。つまり、ブランドストーリーは単なる説明ではなく、顧客との“関係性を築くための対話”なのです。
■ 売れるブランドに共通するブランドストーリーの特徴

【 明確な“使命と存在意義”が含まれている 】
売れるブランドには、単なる利益や成長ではない「存在する理由」があります。それが“使命”であり、社会や顧客に対して果たすべき役割なのです。「自分たちは何をもたらすのか」という問いに真正面から向き合っているブランドほど、深い共感を得やすい傾向があります。表面的なビジョンではなく、創業の原点や問題意識と結びついた“存在意義”が語られているかがポイントです。この強い「なぜ」こそが、ブランドのストーリーに本質的な説得力と独自性を与え、競合との差を生むのです。
【 誰のために、なぜ存在するのかを語っている 】
ブランドが誰に対して、どのような価値を届けるのかが明確に語られていると、顧客の共感度は高まります。「自分のためのブランドだ」と感じてもらうには、顧客の悩みや欲求を深く理解し、それに応える姿勢をストーリーに織り込むことが必要です。たとえば、「働く女性が自分らしく輝けるように」「アレルギーを抱える子どもにも安心を」など、具体的な人物像を設定してストーリーを描くと、メッセージはより明確に伝わります。こうした“誰のために”という視点があるか否かで、ブランドの軸は大きく変わります。
【 ストーリーの主人公は顧客という視点がある 】
多くのブランドが陥る誤りは、自分たちを主人公にしてしまうことです。しかし売れるブランドは、常に「顧客こそ物語の主役」という視点があります。ブランドはあくまで、顧客の変化や成功を支援する“伴走者”にすぎません。顧客が自らの課題や夢と向き合い、そこにブランドが寄り添う形でストーリーが展開されるとき、物語はより深く心に刺さります。ブランドの使命や理念は、顧客の成長や幸福と結びつくことで、初めてリアリティと意味を持つのです。この“視点の転換”が、ブランドストーリーの鍵となります。
■ ブランドストーリー構築の3ステップ

1. 起点となる“原体験”を掘り起こす
ブランドストーリーの出発点は、創業者やブランドの“原体験”にあります。どんな経験があったからこそ、そのビジネスが始まったのか。たとえば「家族の介護体験がきっかけだった」「自分自身が肌荒れに悩んでいた」など、パーソナルで切実な動機があればあるほど、他にはない説得力があります。原体験は感情と直結しており、顧客の共感を得やすいのです。言葉にするのが難しい部分ではありますが、インタビューや振り返りを通じて深掘りすることで、ブランドに命を吹き込む最も重要な要素となります。
2. 自社の変遷と転機を整理する
ブランドの魅力は、常に完成された姿にあるわけではありません。むしろ、どんな試行錯誤や転機を経て今に至ったのか、その「変遷のドラマ」が顧客の心を掴みます。順風満帆な道のりではなく、迷い・挫折・再起といったエピソードこそが、ストーリーに深みとリアリティを与えます。そのためには、創業から現在までの出来事を時系列で整理し、どの瞬間がターニングポイントだったのかを言語化することが重要です。そのプロセスが、ブランドの独自性と信頼性を高める土台となります。
3. 未来のビジョンとリンクさせる
優れたブランドストーリーは、過去や現在を語るだけで終わりません。「これから自分たちはどこへ向かうのか」という未来のビジョンまで語られていてこそ、顧客の共感と期待を得ることができます。そのビジョンが社会に対してどんなインパクトを与えたいのか、顧客とどんな関係を築いていきたいのかが明確であるほど、ストーリーには深みが生まれます。未来を描くことで、顧客はその物語の「これからの一部」になれるという感覚を持ち、ブランドとの関係性はより深く、長期的なものへと変化します。
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■ ブランドストーリーを伝える3つの手法

1. コピーライティングによる言語化
情熱的な想いがあっても、言語化できなければ顧客には伝わりません。ブランドストーリーを伝える第一歩は、核となる想いを「人の心を動かす言葉」で表現すること。機能説明ではなく、背景にある哲学や価値観を言葉に込めるのがプロのコピーライティングです。心に残る表現とは、誰かの人生に照らして「これは自分のことだ」と感じさせるものでなければなりません。そのためには、感情に訴える言葉・比喩・リズム感など、言語の精度を高める必要があります。曖昧さを排除しつつ、共感を誘う語り口が重要です。
2. ビジュアルとブランドストーリーの整合性
ブランドストーリーは文字だけで完結しません。ロゴ、写真、動画、パッケージなどのビジュアル表現も、ストーリーの一部として統一感を持たせる必要があります。たとえば、温もりや手仕事の背景を語るブランドが、無機質でシャープなデザインを採用してしまうと、違和感が生まれ、顧客は本質的な価値を感じ取れません。ストーリーで語る世界観が、視覚表現でも矛盾なく伝わることが、ブランドの信頼性を担保します。トーン&マナーの設計は、ブランド全体の印象形成に直結する要素です。
▶︎ 関連記事:VI(ビジュアル・アイデンティティ)とは何か?
3. ブランドストーリーを社内外に浸透させる
ブランドストーリーは外向けのマーケティングツールではなく、企業文化そのものでもあります。まず大切なのは、社員がそのストーリーを深く理解し、自ら語れるようになることです。現場スタッフが言葉にできなければ、顧客接点での体験も一貫しません。社内研修やミッション共有の場を設けることで、ストーリーが「自分ごと化」されていきます。そして社外への発信も、SNS、店舗体験、営業トークなど、あらゆる接点で一貫したメッセージが届けられてこそ、本当の意味で“生きたストーリー”となります。
▶︎ 関連記事:インナーブランディングとは?その目的と進め方と成功事例
■ 有名なブランドストーリーの事例

【 無印良品のブランドストーリー 】
無印良品は、1980年代の大量消費時代に対するアンチテーゼとして誕生しました。「これでいい」ではなく「これがいい」という思想のもと、華美な装飾や無駄を排し、機能美と生活に根ざした本質的な価値を追求してきました。無印の哲学は、商品のデザイン、価格設定、コミュニケーションすべてに反映されており、それらが一貫した世界観を形づくっています。ただのブランドではなく思想に共感する人々を惹きつけ、共感から生まれるファンコミュニティを築き上げている点が、無印良品の強さであり独自性です。
[ ブランドの成功ポイント ]
⚫︎ 消費社会へのカウンターから誕生
⚫︎ 無駄を削ぎ落とした機能美
⚫︎ 作り手の思想を可視化
⚫︎ 言葉・デザイン・価格が一貫
⚫︎ 「生活の本質とは何か?」を問い続ける

【 星野リゾートのブランドストーリー 】
星野リゾートは、「その地ならではの体験」を軸に、旅の在り方を根本から再定義してきました。単なる宿泊施設ではなく、地域の文化や風土を活かした物語性のある滞在を提供することで、宿そのものが“語る存在”として機能しています。画一的なリゾートとは一線を画し、土地に根差した独自の価値を創出。経営の理念と現場での体験が高度に一致しており、トップダウンでも現場任せでもない、双方が連動することでブランドとしての一貫性と革新性を実現しています。この独自の姿勢が、星野リゾートの揺るぎない魅力となっています。
[ ブランドの成功ポイント ]
⚫︎ 地域資源を生かす宿運営
⚫︎ 「旅の意味」を再定義
⚫︎ 観光=文化体験として設計
⚫︎ スタッフも語り手として育成
⚫︎ 経営と理念が強く結びつく構造

【 中川政七商店 】
中川政七商店は、「日本の工芸を元気にする」という明確なミッションのもと、300年続く老舗としての歴史を現代に再定義したブランドです。伝統を単に守るのではなく、暮らしの中に自然に溶け込ませることで、工芸を“今”の生活に再接続。生活者との共創を重視し、受け継ぐだけでなく進化させる姿勢が特徴です。理念・商品・デザインが一貫しており、どのタッチポイントにもブランドの思想が通底。過去と未来をつなぐ独自の在り方で、日本のものづくりに新たな息吹をもたらしています。
[ ブランドの成功ポイント ]
⚫︎ 老舗の再定義に挑戦
⚫︎ 工芸=暮らしの道具と再解釈
⚫︎ 経営理念が商品戦略と直結
⚫︎ デザインと思想の融合
⚫︎ 伝統を未来につなぐ使命感

【 BALMUDA 】
BALMUDAは、「クリエイティブな家電」をコンセプトに、日常に驚きと感動をもたらすことを目的として誕生しました。創業者・寺尾玄の個人的な体験や美意識が原点にあり、「テクノロジーを人のよろこびのために使う」という思想を徹底。高いスペックを誇示するのではなく、使う人の体験そのものを設計することに重きを置いています。その哲学は、トースターや扇風機といった日常的でシンプルな家電にも息づき、これまでにない価値や使い心地を生み出しています。機能と感性が融合したプロダクトによって、家電のあり方を根本から問い直す存在です。
[ ブランドの成功ポイント ]
⚫︎ 家電=機能という常識への挑戦
⚫︎ 五感で感じる体験価値の設計
⚫︎ 創業者の哲学がプロダクトに投影
⚫︎ 視覚・触覚・使用感まで徹底的に統一
⚫︎ 使うこと自体が感動という価値提供

【 STARBUCKS 】
STARBUCKSは、単なる「コーヒーを売る店」ではなく、自宅でも職場でもない「サードプレイス(第三の居場所)」を提供するブランドとして進化してきました。アメリカ西海岸のカルチャーとホスピタリティを背景に、顧客一人ひとりとの関係性を大切にし、空間・サービス・商品すべてに「人と人のつながり」への強い信念が貫かれています。その哲学は、店舗デザインや接客、商品提案にまで一貫して反映され、単なる消費行動を超えた温かな体験を生み出しています。スターバックスは社会的な役割を果たす、新しい形のブランドです。
[ ブランドの成功ポイント ]
⚫︎ 単なる商品提供を超えた「体験の場」の創出
⚫︎ 顧客との関係性を資産とする思想
⚫︎ 地域性とグローバル感覚の両立
⚫︎ スタッフがブランドの人格を体現
⚫︎ 「日常に必要な余白」を提供する場として定着

【 LEGO 】
LEGOは、「遊びを通じて未来を創る力を育てる」という使命のもと、ただのブロックではなく“想像力のインフラ”として世界中で愛されるブランドへと成長しました。設計された自由度と無限の組み合わせ可能性により、子どもから大人まで誰もが創造性と自主性を発揮できる遊びを提供しています。その根底には「遊びは学びである」という揺るぎない哲学があり、楽しさの中に知性や社会性を育む仕組みが緻密に組み込まれています。LEGOは、創造的思考を育むためのグローバルな教育ツールでもあります。
[ ブランドの成功ポイント ]
⚫︎ 遊び=教育という思想の提示
⚫︎ ユーザーの創造性を引き出すプロダクト設計
⚫︎ 製品のシステムが一貫していることによる信頼
⚫︎ コミュニティを巻き込む共創型ブランド展開
⚫︎ 「つくる自由」への深いリスペクト

【 Patagonia 】
Patagoniaはアウトドアウェアの枠を超え、「地球環境の保護」を企業活動の中心に据えたブランドです。創業者イヴォン・シュイナードの自然への深い愛情と環境危機への強い危機感が、製品づくりから広告表現、寄付活動、経営判断にまで一貫して反映されています。「ビジネスを通じて世界を救う」という明確な姿勢は、商業主義とは異なる価値観を示し、多くの共感と信頼を獲得。高品質な製品とともに、思想や行動そのものがブランドの魅力となっており、社会的使命とビジネスの両立を体現する希有な存在です。
[ ブランドの成功ポイント ]
⚫︎ 企業活動=環境保護という一貫思想
⚫︎ 利益よりも理念を優先する姿勢
⚫︎ 製品のクオリティとエシカルな価値の両立
⚫︎ 修理して使うを推奨するブランドメッセージ
⚫︎ サステナブル=かっこいいを体現
■ ブランドストーリーが機能しないケースと対策
表層的・綺麗事だけの構成になっている
ブランドストーリーが機能しない最も典型的なパターンは、「良いこと」を並べただけの構成です。理念や社会貢献を語っていても、具体性がなく、リアリティに欠ければ響きません。人が心を動かされるのは、成功の話ではなく、迷いや挫折といった“等身大の人間的な部分”です。つまずいた経験やそこから得た気づきを率直に語ることで、ブランドに“信頼できる人格”が宿ります。ブランドストーリーにおいて大切なのは、取り繕うことではなく「真摯さ」と「整合性」。飾りすぎは、逆効果になります。
誰に向けたメッセージかが不明瞭
ブランドストーリーは、誰に向けて語るのかを明確にしなければ意味がありません。顧客の理解が低いまま曖昧に書かれたブランドストーリーは、結果として誰にも刺さらない無難な文章になります。ペルソナ設定や顧客インサイトの掘り下げを行い、「この人の心を動かしたい」という意図を持つことで、メッセージは生きた言葉になります。また、BtoBかBtoCかでもトーンは異なります。誰に届けるのかを起点に、語り口・内容・エピソードの取捨選択をすることが、共感を得るための基本中の基本です。
顧客接点で語られていない・使われていない
いくら優れたブランドストーリーを作っても、それが社内資料やWebページだけに止まれば意味がありません。顧客と出会うすべての接点のSNS、広告、イベント、営業、カスタマーサポートなどでストーリーが“実際に語られ、体感できる”ことが重要です。また、スタッフ自身がそのブランドストーリーに誇りと共感を持っていることも欠かせません。企業側が一方的に用意したブランドストーリーではなく、社員一人ひとりの言葉で語れる状態が、ブランドの一貫性と信頼を支えます。
■ まとめ
売れるブランドには、例外なく“物語”があります。それは創業者の原体験から生まれた使命であり、顧客と共に進む未来のビジョンです。ブランドストーリーは、単なる企業紹介ではなく、共感・信頼・行動を引き出す「感情設計」の核心です。大切なのは、自分たちの正直な想いと存在意義を、顧客の視点で描き切ること。そして、その物語が言葉だけでなく、体験として一貫して伝わっているか。ブランドの根幹に“語るべきストーリー”がある限り、それは時代が変わっても選ばれ続けるのです。

株式会社チビコ
今田 佳司 (ブランディング・ディレクター)
ブランド戦略とコミュニケーションデザインを掛け合わせることで、企業や商品などのブランド価値の向上や競争力強化に貢献。数多くのブランディングを手がける。

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– ブランド戦略からデザイン開発まで –
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