
[ ブランド戦略 ]
ブランドミッションをあえて定義しない理由と企業事例
ブランドミッションは、多くの企業が自社の価値観や目標をはっきりさせ、消費者や社員に向けた指針として活用していますが、あえてブランドミッションを定義しない企業も存在します。その理由のひとつとして、柔軟性を重視する姿勢が挙げられます。急速に変化する市場や消費者ニーズに対応するため、あえて固定したブランドミッションを持たず、状況に応じて適応できる戦略を選ぶ企業は、変化へのスピードを優先することがあります。また、ミッションに縛られないことで、イノベーションや発想の自由度が高まりやすい場面もあります。本記事では、株式会社チビコでブランディングディレクターをしている筆者が、ブランドミッションをあえて定義しない企業の背景やその戦略的な意図、メリットとリスクについて詳しく解説します。
CONTENTS | 目次
■ ブランドミッションとは何か?

[図] ブランディングにおけるブランドミッションの役割
ブランドミッションとは、企業が事業を行う上での目的や存在意義を示すもので、その企業がどのような価値観を持ち、どのような社会的役割を果たそうとしているのかを表します。一般的には、「なぜその企業が存在するのか」という問いに応える内容になります。ブランドミッションは、企業が自社の目的や方向性を明確にするうえでとても大切です。これによって、社員や顧客、パートナー企業などが企業の価値観を共有しやすくなり、共感も生まれます。また、ブランドミッションが明確であることで、企業は自社の強みや特徴を伝えやすくなり、ブランド価値の向上にもつながります。一方で、ブランドミッションが曖昧だったり、社員や顧客と共有されていなければ、企業としての方向性がぶれやすくなり、結果としてブランドイメージの低下や成長の停滞を招く可能性があります。だからこそ、ブランドミッションは企業が自社の存在意義を明確にし、社会に貢献するための方針を示すうえで、とても重要な役割を担っていると言えます。
■ ブランドミッションの4つの役割

1. ブランドの方向性を示す
ブランドミッションは、企業の存在意義や目的を示すものです。そのため、ブランドミッションを明確にすることで、企業がどんな方向性で事業を進めていくのかをはっきり示すことができます。さらに、判断に迷う場面でも共通の基準として機能し、組織全体が同じ目標に向かいやすくなる点も大きな利点です。その結果、日々の意思決定にも迷いが少なくなり、企業の軸がより安定します。
2. ブランド価値を高める
ブランドミッションが明確であれば、企業の強みや特徴をより伝えやすくなります。そのため、ブランドミッションを活用することで、顧客や社員に印象を残しやすくなり、結果的にブランド価値の向上にもつながります。さらに、コミュニケーションの軸が定まることで発信内容にも一貫性が生まれ、ブランドの信頼性を高める効果も期待できます。その積み重ねが長期的な成長にも寄与します。
3. 社員や顧客の共感を得る
ブランドミッションは企業の存在意義を表し、社員や顧客の共感を生みやすい要素です。ミッションを明確にして共有することで、社員や顧客とより良い関係を築き、同じ方向に向かって歩みやすくなります。さらに、日々の判断や行動にも迷いが少なくなり、組織全体が安定した姿勢で進めるようになる点も大きな強みです。その結果、組織としての意思統一も進み、協力体制がより整いやすくなります。
4. 組織の一体感を醸成する
ブランドミッションは、社員が向かうべき方向性を示す役割も持ちます。ミッションが明確になることで、社員の意欲が高まりやすくなり、組織全体としての一体感も生まれやすくなります。さらに、部署間で判断が揺れにくくなり、協力体制が築きやすくなるため、業務がよりスムーズに進みやすくなる点も大きなメリットです。その結果、組織の判断基準がそろい、一貫した行動が取りやすくなります。
■ ブランドミッションをあえて定義しない4つの理由

[図] ビジョンとバリューに乖離がある場合は多い

1. 時間的・経済的なコストが抑えられること
ブランドミッションを定義するには、役員や社員が集まり、日々の業務と並行して議論を重ねる必要があります。そのため、一定の時間やコストが発生する点は避けられません。さらに、合意形成のための準備や意見整理にも手間がかかり、プロセス全体を丁寧に進めるためには想像以上の負荷が伴うこともあります。こうした背景を理解したうえで計画的に進める姿勢が求められます。
2. 企業経営に自由度が増すこと
十分に機能しないブランドミッションを無理に定義すると、事業や社会活動への理解や共感が得られにくくなります。言葉と行動が一致しない状況は、企業としての信頼を損ねかねません。さらに、形だけのミッションが残ると、社員の判断基準も曖昧になり、取り組みの整合性が失われてしまう可能性も高まります。その結果、ブランドが伝えたい価値が曖昧になり、長期的な信頼構築にも悪影響を及ぼす恐れがあります。
3. 既にブランド認知が高い場合にリスクがあること
広く知られた事業を持つ企業の場合、新たなブランディングを行うことで、社内外に混乱が生じる可能性があります。そのリスクを理解しておくことが大切です。既存のイメージが強固な場合は、変更の意図が誤解されたり、期待とのギャップが生まれたりするため、慎重な判断と段階的な伝え方が求められます。そのため、現状の強みを損なわずに変化を伝える工夫が重要になります。関係者との丁寧な対話も欠かせません。
4. 企業ブランドよりも他ブランドを優先すべき場合
企業としてのメッセージを最小限にとどめたほうが成果につながるケースもあります。そのような場合は、商品やサービスといった個別ブランドを前面に出すことが有効です。特に、企業全体よりもプロダクト単体の魅力が支持されている場面では、焦点を絞った発信のほうが伝わりやすく、顧客の関心も高まりやすくなります。また、市場ごとに異なる価値観へ柔軟に対応できる点も強みとなります。
■ ブランドミッションを定義していない企業事例

【 セコム株式会社の事例 】
事業内容から、実践的で詳細な事象を開示している
セコム株式会社は、独自のブランディング手法を採用しており、一般的な企業ブランド体系には必ずしも沿っていません。同社は明確なブランドミッションを掲げているわけではありませんが、企業理念の中に具体的な指針が盛り込まれており、社員一人ひとりの行動基準としても機能しています。セコムの事例からは、強いリーダーシップや明確な信念が企業内で共有されている場合、ブランドミッションをあえて設定しなくても組織として機能し得ることがうかがえます。その背景には独自の文化が根づいている点も特徴です。
[ 出典 ] セコム/企業理念・ビジョン・歴史より

【 株式会社アデランスの事例 】
企業理念とクレド(信条)で展開している
アデランス社は、経営理念として具体的でシンプルな文章を掲げ、従業員にはブランドを浸透させるための信条を設定しています。同社の事業は、施術を行う“人”そのものの品質を維持することに重点が置かれており、ブランドミッションやそれに類する役割を持つものは特に設定・開示されていません。毛髪や美容に特化した事業を展開しているため、今後も事業領域が大きく広がる可能性は高くなく、ブランドミッションやバリューをあえて設けずに企業ブランドを構築していく選択肢も考えられます。
[ 出典 ] アデランス/企業情報・経営理念より

【 清水建設株式会社の事例 】
社是・経営理念ともにシンプルな形で開示されている
清水建設社は、国内企業としての側面とグローバル企業としての側面を併せ持つ企業で、ブランドミッションの明確な規定はありませんが、「道徳と経済の合一」を掲げる“論語と算盤”を社是としています。グローバルな特徴としては、SDGsをSHIMIZU VISION 2030の中心に据えている点が挙げられ、国際的な協調姿勢を示しています。こうした企業ブランド体系からは、国際的に共有される指標を活用することで、企業としての使命や取り組むべき方向を整理しやすくなることが分かります。
[ 出典 ] 清水建設/企業情報・経営方針より

【 任天堂株式会社の事例 】
任天堂社は“特定の経営指標を目標として定めていません”と明記している
任天堂は、コンピュータゲームや玩具といった事業を展開し、知的財産コンテンツにも取り組む企業です。しかし同社では、あえてブランド体系を設定していないとされており、これは社員の自由な発想や表現を妨げないためだと言われています。ある意味で、あれこれ掲げずに制限しない姿勢そのものが、任天堂の理念や価値観として機能していると捉えることもできます。ただし、採用情報などからは「お客様を良い意味で驚かせること」「笑顔にすること」が同社の大切な使命として読み取れます。
[ 出典 ] 任天堂/経営方針より
■ ブランドミッションは無くても良いのか?
ブランドミッションについては以前のブログでも触れていますが、企業の内外に向けて丁寧なコミュニケーションを行うという点でも、ブランドミッションを設定する意義や必要性は非常に大きいと言えます。ただし、企業ビジョンのように短いフレーズだけで示す方法は、解釈の幅が広すぎて、本来伝えたい意図を正しく共有することが難しくなります。一方で、長文のメッセージや代表者のコメントで補おうとすると、読み手がすべてを理解してくれることが前提になったり、代表者が変わるたびに内容の更新が必要になるなど、ブランドを継続して育てるうえでの課題が増えてしまいます。そのため、企業や事業、商品・サービスの認知が十分に確立されている場合を除けば、企業としてのビジョン(志や大義)とバリュー(価値・価値観)をつなぐ役割として、ブランドミッションを設定することは体系化の面でも意味のある取り組みだと言えます。また、ブランディングの戦略として、外部にはあえて公開しないという選択肢も考えられます。社内だけで共有する言葉や、士気を高めるための強めの表現を使うことで、ブランド体系の浸透や実践をより促進することも可能です。

■ ブランドミッションに関するよくある質問
ブランドミッションをあえて定義しない企業も増えており、その背景には戦略的な意図があります。ここでは、ミッションを「持つ場合」と「持たない場合」の考え方の違いや、実際の企業事例をもとに、よくある疑問に答えていきます。
【 よくある質問① 】
Q :ブランドミッションをあえて定義しないメリットは何ですか?
A :時間的・経済的コストを抑えられるほか(例:定義作業にかかる時間やディスカッションの負荷を回避)、経営に柔軟性を持たせることができ、変化の激しい市場に迅速に対応しやすくなります。
【 よくある質問② 】
Q :あえてブランドミッションを定義しないことで生まれるリスクは?
A :言葉と行動が一致しない場合、それは不誠実さとして見られ、信頼や共感が失われる可能性があります。また、既に高い認知がある場合に見直すと、社内外に混乱を招くリスクもあります。
【 よくある質問③ 】
Q :ブランドミッションを持たない企業は具体的にどんな手法でブランドを示していますか?
A :セコムは明確な使命を掲げなくとも、具体的な行動指針や企業理念によって、個人の行動に落とし込む実践的な文化で代替しています。また、アデランスは企業理念とクレド(信条)に重点を置き、ミッションを明文化せずにブランドを構築しています。
【 よくある質問④ 】
Q :ブランドミッションを持たない企業でも組織文化の統一やモチベーションを保てるのですか?
A :はい。セコムは情熱あるリーダーシップと具体性のある理念で、アデランスもクレドによって社員の一体感とブランド価値の共有を支えています。
【 よくある質問⑤ 】
Q :ブランドミッションがあることのメリットと、あえて定義しない戦略の使い分けは?
A :ミッションがあると、ブランドの方向性や価値が明確になり、共感・一体感・ブランド価値の向上につながります。一方、変化への対応や自由度、既存ブランドとの齟齬回避を重視する場合、明文化を控える判断も戦略として理にかなっています。

■ ブランドミッションに関するチェックリスト
ブランドミッションをあえて定義しないという選択には、柔軟性や俊敏性といった利点がある一方で、整合性や浸透面での注意も必要です。以下のチェックリストは、その判断をより客観的に整理するための手がかりとして活用してください。
【 自由度・俊敏性のチェック 】
⬜︎ 社名やブランドがミッションに縛られることなく、マーケットや顧客ニーズに柔軟に対応できるか?
⬜︎ ブランドミッションを定義しないことで、イノベーションや創造性を阻害していないか?
⬜︎ ブランド認知がすでに高く、ミッションを改めて掲げることで社内外に混乱を招くリスクがないか?
【 企業理念・信条との整合性のチェック 】
⬜︎ ブランドミッションを言語化しなくても理念やクレドが共有されているか?
⬜︎ 社是・経営理念など、ミッションに代わる行動指針がきちんと機能しているか?
⬜︎ ミッションを掲げずとも、社員の行動に通底する価値観やモチベーションが明確化されているか?
【 ブランド体系の階層構造に関するチェック 】
⬜︎ ビジョン、ミッション、バリュー/行動指針の流れが設計されているか?
⬜︎ ブランドミッションが欠如していても、体系としての橋渡しができているか?
⬜︎ ブランドミッションを内部だけで外部に開示しない戦略は、目的に応じて適切に設計されているか?
【 コスト・整備負担に関するチェック 】
⬜︎ ブランドミッションの定義に時間的・経済的リソースをかけすぎていないか?
⬜︎ 定義したミッションが実効性を持ち、言葉と行動とのずれを生んでいないか?
⬜︎ ミッションが長文や代表コメントだけで「理解されない・伝わらない」状態になっていないか?

■ まとめ
ブランドミッションを持たない企業のブランド体系について、いくつか事例を挙げてご紹介しました。取り上げた企業には、それぞれ固有の事情や背景があることが分かります。また、ミッションを設定・開示しないことによるメリットは、実際にはかなり限定的であることも感じていただけたのではないでしょうか。企業の理念体系を開示する目的は、企業への正しい認知と理解を促すことにあります。ブランドビジョンを上位に据え、その下にミッションを置き、さらにバリューや行動指針へ落とし込む構造の方が、理念体系の役割を果たしやすくなります。企業の理念への共感がなければ生活者の支持を得ることが難しい現状を踏まえると、ブランドミッションの設定と開示の重要性は今後さらに高まっていくと言えるでしょう。

株式会社チビコ
今田 佳司 (ブランディング・ディレクター)
ブランド戦略とコミュニケーションデザインを掛け合わせることで、企業や商品などのブランド価値の向上や競争力強化に貢献。数多くのブランディングを手がける。

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