
[ ブランド戦略 ]
地方企業がやるべき「売れるブランド」のつくり方
品質や価格だけでは選ばれにくくなった今、注目されているのが「地域発のブランド」です。とりわけ中小・地方企業にとっては、大手と同じ土俵で戦わず、独自の価値を明確にし、視覚的に表現することで競争力を高める必要があります。本記事では、株式会社チビコでブランディングディレクターをしている筆者が、地方企業がやるべき「売れるブランド」のつくり方について、戦略から実践、成功事例までをわかりやすく解説します。
■ なぜ、地方企業にブランドが必要なのか?

「 価格だけでは勝てない」から
地方企業にとって「ブランド力」は最大の競争力です。高品質・低価格だけでは差別化が難しく、価格競争に巻き込まれて利益を圧迫される一方です。ブランドとは、価値に共感して選んでもらえる“理由”を生み出すもの。たとえば、地元産の素材や歴史ある製法など、自社だけの物語を伝えることで、価格に頼らない顧客との関係性を築けます。中小規模の企業でも、ブランドという武器を持てば、大手と違う土俵で勝負できるのです。
「 選ばれる理由 」が問われているから
競合との競争が広がるなか、地方でも「なぜこの企業を選ぶのか」が問われています。インターネットで比較検討が当たり前の今、自社の存在意義を明確に伝えるブランド力が求められています。選ばれる企業になるには、商品力だけでなく、理念・文化・地域とのつながりといった“目に見えない価値”を発信することが必要です。地方発だからこそ語れる背景をブランド化すれば、競合他社と比べられない強みになります。
■ 売れるブランドって何?

見た目だけではない記憶に残るブランド
ロゴや色使いといった外見だけがブランドではありません。「忘れられない体験」や「共感できるストーリー」が、顧客の記憶に残るブランドを形づくります。たとえば、丁寧な接客、地元への愛情、独自の発信など、小さな接点こそブランド体験なのです。印象に残るブランドは、顧客の感情を動かし、選ばれる理由になります。ブランドとは“見た目×記憶”の掛け合わせであり、そこに本当の競争力が生まれるのです。
モノだけでない価値があるブランド
消費者は「スペック」や「機能」だけでは買いません。「どんな人が、どんな想いで作ったか」「その背景にあるストーリー」など、商品に付随する価値に惹かれて選ぶ時代です。特に地方企業にとっては、地域の歴史や文化、社会課題とのつながりなど、“物語性”がブランドの軸になります。売れるブランドは、商品ではなく価値観を届けているという認識が必要です。価格ではなく“意味”で選ばれる時代なのです。
■ 「売れるブランド」のつくり方

[ ブランドのコンセプトを決める ]
●「誰に、何を、どう伝えるか」を明確にする
ブランド構築の出発点は、ターゲットと提供価値、そして伝え方の明確化です。「誰に」「何を」「どう伝えるか」という3つの視点を整理することで、ブランドの方向性がブレなくなります。特に地方企業の場合、地域性や関係性を加味したペルソナ設計が有効です。たとえば地元住民への安心感か、都市部消費者への共感か。価値と届け方が一致して初めて、ブランドは機能しはじめます。
● 差別化のカギは“想い”と“ストーリー”
ブランドを単なる商品説明で終わらせないために必要なのが、「想い」と「ストーリー」です。創業時の背景、地域との関係性、企業が大切にしてきた哲学などは、他社にマネできない価値を生み出します。これらをきちんと構造化し、ブランドメッセージとして発信することで、共感を呼ぶブランドに進化します。顧客は、単なる情報ではなく“物語に感動する”ことで、購入を決めているのです。
[ ビジュアルとメッセージを統一する ]
● ロゴ・カラー・フォントの基本設計
視覚的な印象は、ブランドの“顔”を形づくります。ロゴ、カラー、フォントといった要素は、第1印象を決め、覚えてもらうことができます。ここで重要なのは、見た目を整えるだけでなく、「自社らしさ」や「提供する価値」が視覚から伝わるようにデザインすることです。特に地方企業は、親しみや信頼感を与えるデザインが効果的です。デザインを統一することは、ブランドの“らしさ”になります。
● 一貫したブランドストーリー
ビジュアルだけではブランドになりません。そこに一貫したストーリーやメッセージがなければ、ユーザーには伝わりません。Webサイト、名刺、SNS投稿、パッケージなど、あらゆる接点で「この会社らしい」と思わせるトーンを貫くことが重要です。伝える言葉、写真の選び方、文章のテンポまで、世界観を統一することで、ブランドは初めて“記憶に残る存在”になります。
▶︎ 関連記事:VI(ビジュアル・アイデンティティ)とは何か?
[ 社員・関係者を味方にする ]
● 社員がブランドの“伝道師”になる
どれだけ外向けに魅力的なブランドを作っても、社員がその価値を理解し、語れなければ機能しません。ブランドとは、社員一人ひとりが“語れるようになること”で初めて力を持ちます。理念やビジョンを共有し、それを日々の仕事にどう落とし込むかが重要です。たとえば朝礼での共有やワークショップを通じて、ブランドを“自分ごと化”する取り組みが必要です。
●「外向き」より先に「内向き」のブランディング
ブランディングというと外部への発信を重視しがちですが、まず整えるべきは社内です。社員がブランドの意図や世界観を理解していなければ、表面的な発信になり、信頼感を損ないます。社内の共通言語としてブランドを育てることで、社外への発信も一貫性を持てます。社内から始まるブランド戦略こそ、地方企業が持続可能な成長を目指す上での基盤となります。
[ ブランド体感できる仕組みをつくる ]
● 店舗・Webなど、タッチポイントの最適化
ブランドは各接点で体感されます。店舗の雰囲気、接客の仕方、Webサイトの言葉遣いや導線。すべてがブランドの「顔」です。地方企業にとっては、地元らしさや温もりを感じさせる接点が重要です。すべてのタッチポイントにブランドの一貫性を持たせることで、顧客はどこに触れても同じ印象を受け、信頼感が増します。体験をデザインする視点が、今後ますます重要になります。
● 買って終わりではない価値の設計
優れたブランドは、購入後の体験にも価値を感じさせます。アフターサービス、リピート特典、ファンコミュニティなど、商品を通じた「継続的な関係性」を設計することで、顧客のロイヤルティは高まります。地方企業でも、顧客にとって“付き合いたくなる会社”を目指すことがブランド戦略です。「また買いたい」「人に勧めたい」と思わせる工夫が、売上以上の資産になります。
■ 地方の中小企業がブランドで成功した事例

【 ヤッホーブルーイング (長野県軽井沢町) 】
ヤッホーブルーイングは、クラフトビール「よなよなエール」で一躍有名になった長野県の地ビールメーカーです。日本のビール業界は、大手4社が寡占する極めて厳しい市場環境ですが、同社は“個性”を軸にしたブランディング戦略で存在感を発揮しました。最大の特長は、「よなよなエール」や「インドの青鬼」といった印象的なネーミングやパッケージ。さらに、ブランドコンセプトに“ファンとの対話”を据えており、ユーザーとの双方向コミュニケーションを徹底しています。毎年開催される「超宴」と呼ばれるビールイベントは、ファンの熱狂と参加体験がブランドへの帰属意識を醸成しています。
[ ブランドの成功ポイント ]
⚫︎ 商品名・パッケージが圧倒的にユニークで記憶に残る
⚫︎ ファンとの直接交流(リアルイベント・SNS)がブランド力を強化
⚫︎ 自社ECでの販売強化による顧客体験の管理
⚫︎ 社員一人ひとりがブランドの“顔”になる組織文化

【 旭山動物園 (北海道旭川市) 】
旭山動物園は、かつて入園者数が激減し、閉園も検討されていた地方動物園です。そこから一転して、日本一の来園者数を誇るまでに復活した奇跡のブランディング成功例として知られています。転機となったのが「行動展示」という展示手法の導入でした。これは、動物の自然な行動や生態を観察できる工夫を施したもので、「泳ぐペンギン」「飛ぶカワウソ」など、動物の“生きた姿”をリアルに体感できるようになっています。この展示手法は来園者の心をつかみ、「命の尊さを伝える動物園」としての価値を確立しました。
[ ブランドの成功ポイント ]
⚫︎ “行動展示”という他園にはない展示体験の創出
⚫︎ 飼育員が主役となる情報発信(手書きPOP、トークショーなど)
⚫︎ 地元市民との信頼関係構築と共創型マーケティング
⚫︎ 単なる娯楽施設でなく“教育機関”としての位置づけ強化

【 三幸製菓株式会社 (新潟県新潟市) 】
三幸製菓は、米どころ新潟を代表する米菓メーカーです。おかきやせんべいという“昔ながら”の商品を扱いながらも、時代に合わせたブランド刷新を行い、特に近年は「採用ブランディング」で大きな成果を上げました。従来は商品中心だった広報戦略を、企業の“人と価値観”にシフト。若年層への訴求力を高めるため、社員の声を軸にしたストーリー設計や、SNS・動画を駆使した情報発信に注力。結果として、新卒採用の応募数は大幅に増加し、若手の定着率も改善しています。
[ ブランドの成功ポイント ]
⚫︎ 採用を「ブランディングの起点」として再構築
⚫︎ 社員のストーリーが企業の魅力を体現するPRへ
⚫︎ 商品ブランドと企業ブランドの一体化
⚫︎ 地元で働く誇りをテーマにした地域密着型メッセージ設計

【 杉山フルーツ (静岡県富士市) 】
杉山フルーツは、静岡県の小さな果物店からスタートした個人経営の企業です。地方の一小売業者でありながら、同社の“フルーツゼリー”は現在、全国的な知名度を持ち、百貨店などでも人気商品となっています。その鍵は徹底したビジュアルブランディングと高品質へのこだわりです。ゼリーは見た目の美しさが特徴で、まるで宝石のような色彩とフォルム。インスタ映えするビジュアルはSNS上で拡散され、自然と認知が広がりました。さらに、大切なのは品質。果物の選定から製造まで一切の妥協がなく、高単価でも顧客満足度が非常に高いブランドとして支持を得ています。
[ ブランドの成功ポイント ]
⚫︎ 商品自体を“広告媒体”にするほど美しく仕上げたパッケージ
⚫︎ SNSでの「自走型拡散」を狙ったビジュアル戦略
⚫︎ 高価格でも「納得感」を得られる品質設計
⚫︎ 地方から全国、海外にまで広がるブランドの力

【 伊那食品工業 (長野県伊那市) 】
伊那食品工業は、寒天のリーディングカンパニーとして知られていますが、それ以上に「社員第一主義」「年輪経営」で注目を浴びる企業です。業績を追いすぎず、社員の幸せや地域社会との共生を最優先する姿勢が、多くの共感を呼び、企業そのものが“ブランド”化しています。経営理念は「いい会社をつくりましょう」。この言葉を実行し続けた結果、離職率は極端に低く、社員が誇りを持ってブランドの顔となっています。CSR的な取り組みではなく、経営の根幹に“人を大事にすること”を据えたことが、長期的なブランド価値へと繋がっています。
[ ブランドの成功ポイント ]
⚫︎ 短期利益を追わない“年輪経営”で信頼構築
⚫︎ 働く人の幸福を最優先した「社員が語りたくなる」企業文化
⚫︎ 地域社会との深い関係性が“共感型ブランド”を形成
⚫︎ メディアにも多数取り上げられ、知名度・好感度ともに上昇

【 マウンテンディアー (群馬県太田市) 】
マウンテンディアーは、繊維業が地場産業である群馬県太田市を拠点に活動する企業で、衰退が進んでいた地域のニット産業を再び輝かせるべく、地域ブランド「OTA KNIT(太田ニット)」を立ち上げました。ブランド化の中心に据えたのは、“産地の誇り”を取り戻すという強いミッションです。このプロジェクトは単なる製品開発ではなく、太田市の職人たちや地元工場との連携により、地域全体で価値を共創する「産地再生型ブランディング」の好例といえます。ニット製品の品質はもちろん、ブランドストーリーやクラフトマンシップを強く打ち出すことで、大量生産・低価格とは一線を画す「プレミアムな地域ブランド」として確立されました。
[ ブランドの成功ポイント ]
⚫︎ 地場産業を再定義し直した「地域×ブランド」戦略
⚫︎ 地元の職人と工場が連携した“共創型ものづくり”
⚫︎ 首都圏マーケットを意識した洗練されたビジュアルとストーリー設計
⚫︎ 大量生産に頼らない高付加価値ブランドの確立
■ 地方企業だからこその強みがある

地元の「文化・歴史」がブランドになる
地方企業には、都市部にはない“背景の深さ”があります。たとえば長年続く製法、地域との共存、顔の見える関係性。こうした文化や歴史は、大きなブランドの資産になります。それらを意識的に打ち出し、「自社だけのストーリー」として発信すれば、顧客との強い共感が生まれます。都市型の合理性では伝えきれない、人間らしさや温もりこそが、地方企業の最大の差別化ポイントなのです。
他には真似できない「らしさ」の発見
他社が真似できない独自性“らしさ”は、地方企業に眠る最大の資産です。同じ業種・商品でも、地域の特性や社内の空気感、スタッフの人柄が加わることで、まったく異なるブランドが生まれます。「他にない何か」を探すのだけでなく、「自社らしさを明文化する」ことが第一歩。そのためには社員やお客様へのヒアリングを通じて、強みを掘り起こすことが重要です。“選ばれる理由”は、すでにあるのです。
■ ブランドは「売らなくても売れる」しくみ
ブランドは経営の最大の武器
ブランドとは、「比較されずに選ばれる状態」をつくる戦略です。広告や販促に頼らずとも指名される仕組みを持てば、利益率も安定し、継続的な成長が見込めます。地方企業にとっては、規模よりも“意味”で勝負する時代。価格や機能ではなく、共感や信頼で選ばれる仕組みこそが最大の資産となります。ブランディングは一過性のマーケティング施策ではなく、長期的な経営の核なのです。
地方から“選ばれる会社”を目指す
都市部だけでなく、地方発でも「指名買い」されるブランドは存在します。その鍵は、“地方らしさ”をブランドに昇華させること。商品やサービスの背景にある物語や理念を、丁寧に発信し続けることで、地域内外から支持を得られます。地方に根ざしながらも、外の視点でブランドを捉える柔軟性が求められます。「地元で選ばれ、全国で支持される」企業づくりこそ、これからの地方ブランディングの理想です。
■ まとめ
地方企業こそ、ブランディングの力で“選ばれる会社”になれます。地域に根ざした文化や人とのつながり、歴史的背景は、都市部にはない独自の資産です。それを言語化・可視化し、一貫性をもって体現することで、商品やサービスだけでなく“会社そのもの”が選ばれるブランドになります。重要なのは、社員や地域と価値を共有しながら、長期的にブランドを育てる視点。地道に積み重ねた“らしさ”こそが、これからの時代における競争力の源泉です。

株式会社チビコ
今田 佳司 (ブランディング・ディレクター)
ブランド戦略とコミュニケーションデザインを掛け合わせることで、企業や商品などのブランド価値の向上や競争力強化に貢献。数多くのブランディングを手がける。

【 ご質問、お打合せ希望など、お気軽にお問合わせください。】
– ブランド戦略からデザイン開発まで –
■ おすすめ関連記事

[ おすすめ記事 ] [必読] 中小企業こそブランディングが必要な理由とは

[ おすすめ記事 ] [中小企業必見] ブランディングでよくある課題と解決方法
